8歳になったアレっ子は、5回めとなる負荷試験を行いました。
今回ははじめての白身。
生まれて初めて、自ら卵の白身を食べる、という挑戦を、
その挑戦をすることができるところまでやってきた、と言えます。

何院かを経ての通算5回めとなる負荷試験ですが、本病院では3回め。
命が助かれば、毎日の不快は我慢すべきか? 答えはNO.
先の2つの病院では、いったい、この試験に何の意味があるのだ?
と疑問視し、考えたのちに、負荷試験は不要。と、親として判断するに至る歴史があります。
重度の卵アレルギーと数値も振り切って出ているのに、
ほんの少しのコンタミネーション疑いでさえ反応が出るというのに、
「数グラム」の黄身を食べるとは、そりゃあ反応出るでしょう、と、当時は思ったものです。

病院で、対処できる態勢での試験とはいえ、
火のついたように泣き出し、体中蕁麻疹になり、苦しそうになって、その後ぐったりする、そのコース。
それに意味は見いだせなかった。

そして免疫療法と言い、自宅で摂取してゆくにも、必ず体調が悪くなると結果が出ているのに食べるということ。
そもそもの目的は、誤食で、大変な目に合わないように。
治すため、ということではなかった。
治らないと言われている彼のアレルギー。
命を守るために。
体に慣らしてゆくわけですが、じゃあ命が助かれば、大変な目に遭ってもよいのか?
そこも、NOなのです。
死にはしないけれど、具合悪い。
それなら受け入れろと?
違う。
ちびっ子たちにとって、毎日の不快は、
がまんしなさいとがまんさせることが、正しいことではない、と判断したのです。
ここは、親が決めていいと思った。

大人だって、吐き気を催す気持ちの悪さって、つらい。
安全なラインを探る。4年前のYESの始まり
そしていまの病院にたどり着き、
負荷試験を、からだが苦しくないラインをはかるためのもの、として、ごく少量から摂取し、
日々食べることのできる安全な基準を見つける。
という方針に、慎重にYESを出したのが4年前のこと。

そこで安全ラインとされる閾値を定めて、免疫療法を始めることとしたのでした。
15分以上固くゆでた卵の黄身を、0.1グラムからの摂取を始めて。

その数日後に
0.2グラムを1週間、0.4グラムを1週間、

そして0.8グラムに増やしたときに、
「おなか痛い」「気持ち悪い」「なんかへん」が始まりました。
そしてストップする。
しばらくやめる。
そしてまた数カ月後に再開した時も、0.4グラムを超えるとおかしくなる、と出ました。

再現性がある。
そこで医師は、ごくごく少量を、本人にわからないように、と処方し、
0.2-0.3グラムを、何かに隠して食べさせるということをしました。
それで具合が悪くなることはないはずだ、と医師は言うのですが、
一番近くにいるわたしたち親が誰よりも彼のことをわかっている、と思いました。

体に合わないものが「蓄積」されるのであるということを目で見るが如くの、
“原因不明” の体調不良に陥っていました。
原因不明と言われた体調不良と再開
いつも何か具合が悪そうなのです。
たとえばげっぷが止まらない。一晩に50回くらい連続してしつづけていた。
たとえばだるい。
なんか重たそうにしている。
たとえば鼻血が頻繁に出る。
たとえば足がかゆい。
確かに、実際のアレルギー反応でかゆくなる箇所とは違うところがかゆいし、
特徴的な蕁麻疹や斑点が出るわけではない。
でも、このおかしい原因は、卵であると考えてもよいのではないか。
原因不明などではない。

最初は否定していた医師も、度重なる真剣な私たちの訴えに、
「ごくごくまれに、少量摂取の免疫療法で食道が荒れることや、本当に体に合わないケースがないわけではない」
とおっしゃりはじめたのです。
そして、ほんの0.2グラムであったとしても、やめて少し経ってから、
「なんとなく具合悪い」ということがあったことすら忘れるがごとく、
我がアレっ子に、元気が戻ったのです。

それでも、また数カ月後に、
「それでも体には入れておいた方がいい」という医師のアドバイスを受けて、0.1グラムを内緒で食べさせます。
そうすると、おなかいたい、と、ぐったり床にごろごろ転がり、外出できなくなる、ということがすぐに起こりました。
それほどまでに敏感に反応するものなのか、と。
であれば、誤食の際のアナフィラキシーショックのひどさ、
完全除去で用意していただいたはずのものにもコンタミネーションと思われる反応、
どの食材に入っていたかの原因は不明ではあるけれど、明らかなアレルギー反応、
それらにも説明が付くのです。
精密な探知機であるがごとく
血液検査での数値は、振り切っていて、6、という重度でした。
でもさ、
現代のこの技術、情報、をもってしても、
判明していないことが多くあり過ぎて。
ひとのからだの謎、ということに、畏怖の念さえ感じていたのです。
だってあまりに精密な探知機である彼のからだ。
からだに入れてゆくことは危険である、と判断せざるを得なかった。
成長とともに治るタイプではないと言われて、現実を受け入れる、としていたわたしたちでした。
が、

成長は、彼にも訪れたのでした。
訪れた成長。隠さずに、人間対人間として対等に臨む
黄身を食べることができるようになった。
約3年間の完全除去を徹底し、
徹底しきれずというか不可抗力とも言えるか、誤表示の誤食のアナフィラキシーがその間3回、
さらに注意深くなったり様子を見たりしながら、
2025年秋、黄身負荷試験再開を行い、


家族皆での決心を経て、免疫療法も再開したのです。

ただし、今回は、母の判断としては、隠して食べさせない。
成長した彼が、自分で採取して、努力して食べて、克服する、ということに意義がある、と思ったからです。

この卵アレルギーはもはや、からだの成長だけの問題ではない、と思った。
子どもの成長はすべてそうだと総括もできるけれど、
ことさら、アレルギーを持つ彼らにとっての、繊細なシステムと、経てきた道のりと、彼らにだけわかる心の動きは、
だてには扱うべきではない。
むしろ敬意をもって、尊敬をもって、臨むべきである。
この件には、人間対人間として、できるだけ対等に向き合うことが正しい、と、母の直感で思ったのです。

そうして、0.4グラムの壁を越え、
0.8グラムの鬼門でつまずくことなく、

数回鼻血が始まり心はうろたえど、冷静に見守り、

時間を空けたり、彼自身に相談したり、そうやって克服していったのです。

6グラムを食べることができるようになりました。

みるみるうちに。
彼の努力です。

命の危険と隣り合わせである、といった常に緊急事態のような卵アレルギーから、
一段 “Severiy” = 重大度が下がったと思っていて、
母は少し弛緩していたのでした。
米粒より小さな白身を食べる。恐ろしい?第一歩

しかし今回は、頭で制御した。
防御せねばならぬ。白身だぞ。
記念すべき大躍進で、恐ろしい第一歩でもありました。
どうなるかわからない。
白身も、たぶん、食べられる。
か、
アナフィラキシーが起こってしまう。
か。
果たして前者であったと言える結果でした。

0.01グラムを食べ
0.02グラムを食べ
0.04グラムを食べた。

欠片、と呼ぶにもちいさい、
米粒よりもちいさい、
ほんの、画用紙に鉛筆の芯を落としてできた点のような
吹くと飛んでどこかに行ってしまいそうな
ちいさなちいさな白身

それを摂取しました。
噛むことさえできなかったので、味もわからなかったそうです。

40分をインターバルに開けながら、3回に分けて食べました。
病院のベッドの上で、安静にしながら、おそるおそる待ってみて
退屈というのは元気な証拠

それでも3回目以降に
すこし気持ち悪い、と、そっと教えてくれました。

からだにはぽつんぽつんと、虫に刺されたような小さな発疹が見受けられ、
それはもはや前日に飛んでいた蚊の仕業ではないのか? とも思ったが
タイミング的にアレルギー反応とするのが正しいだろう、という判断
医師の判断で服薬しました。
白身のパワー解説
白身のパワーはすごくて、固く茹でた黄身0.2gに筆答するのが同じく茹でた白身、0.00001gだそうです。
だから、黄身6g食べることができていたけれど、白身に換算すると0.0032g。
最初の 0.01g だけでも、これまで食べてきた黄身 6g=卵約1/3個分を遥かに飛び越え、
黄身換算だと、約1個分約18gのパワーを、小さな一粒で体に入れたことになります。
そして、3回合計の 0.07gに至っては、なんと 黄身換算で卵7-8個分に値する、
約130gの塊をどかんと胃袋に入れたのと同じ衝撃、だそうです。
ほんと???と思うのですが、とてつもないアレルゲンパワーの総量に立ち向かった計算になります。
それでも、白身は食べることできるけれど黄身の方が反応出る、というタイプのアレルギーもあるということで、人間のからだの不思議さというかすごさというか、
これも子育ての、個性、というところを考えるときに、母として勉強になっているなと思うのです。
つまりからだも、成長も、ひとそれぞれで一言では説明できない、という事実を、身をもって知らせてもらっている、と思うのです。
結果の受け止め方
さて、負荷試験の、結果としては「陽性」。
医師としては、「あんなにほんの少しでさえ反応が出た」、という意見でしたが、
いやいやいや。
大したことない、と思いました。
もしかしたらかなり治っているのかもしれない、なんてあるいは夢のようなことも夢ではないとか考えてもおりましたが
はたして、その、ちいさな発疹が白身のせいなのかどうかもわかりませんが
と
夫に報告すると
え、見た目だけなの? と。
付き添いは保護者一人限定だったので、写真と動画と事後報告で伝えた時の彼の感想は、もっともだと、はっとしました。
入院して
いまの技術をもってして
食べて、その場で採血とかしないの? と。
数値見ないの? と。
たしかに・・・・・・。
見方によって結果がひっくり返った、という落ちで締めくくるつもりではないのですが
もしこれをここまで読んでくださった方、
経験者の方、専門の方、おいででしたら、
コメントでもDMでもいただけませんか?

この白身の負荷試験については
母は、命にかかわるほどの、と、おののかれている、超精密機械のアレっ子も、
どこか何かが強くなって成長がある、と思って結果を受け止めています。

だって
苦しそうになってゆく彼を見つめることや
だんだん意識が遠のいてゆく彼を抱きしめることや
アドレナリン注射を打つことや
点滴につながれ回復してくる彼の傍らに座ることや
そういうこともあるいは可能性として心しておいたわけで
それがなかったどころか

おなかが空いたとご飯を楽しみにして

本を読みながら眠りについたこと
これは表しがたい安堵なのです
付き添い用布団を売店に申し込むことも
簡易ベッドを作ることも
慣れた母
次回の負荷試験は日帰り入院でもよいのではないかと思っているところで
しかし我がアレっ子は入院が好きなのだそうです

これはまさに
先生方、看護師さん方のおかげでもあると思っている。
病院に通う必要のある子たちが、病院を嫌いになったら大変であること
それをすごくよく理解してくださっている先生方のおかげで
明るく楽しく通院も入院もできているのだと思っています。

後記:4年前の入院を振り返って
4年前の入院についての記事はこちら

わたしはそのときは、その病院ではじめての入院で、実はうんと張りつめた気持ちでいた!
ヴィーガンのチーズを挟んだパンをサランラップに包んで持ってきていた。
一日中付き添って、眠った後の夜10時ころに、地階の暗くなった売店前で、それをゆっくりとかみしめながら食べていた。
息子が眠ったことで、張り詰めた責任感から一瞬解放されてなお緊張が漂う夢の中にいるような、
我が子の命がかかっているとわかっている親というものが、わたしの中にあった。
そのときの出会いについて書いているものが、諸事情により消された経緯があるので、
この機会に再度アップしておいた。

